ご参拝のご案内

御祭神由緒
拝殿
昭和二十七年菅公御神退壱千五十年祭を記念して造営されたものである。前の拝殿(天保九年)は境内南側に移築し祭器庫として現存している。
本殿・幣殿
文政十年崇敬者の浄財寄進によって造営された建物。
内陣は仏教的な色彩が多い。
文政十年御造営当時の棟札が今も本殿の天井裏に現存してある。
豊中えびす社
御祭神蛭子大神 「足の神様」は「おあしの神様」に通ずるとして、昭和二十六年花屋敷鎮座の繁昌稲荷旧社殿(室町時代の建造)を境内に移築し西宮神社の御分霊を勧請して奉祀した。
以来、毎年一月九、十、十一日三日間服部えびす祭を斎行し今や豊中のえべっさんとして三十五万人の参拝者で賑わう様になり広く市民の崇敬をあつめている。
御本殿:平成29年11月 改築竣工
初酉稲荷社(十二支稲荷配祀)
氏神服部天神宮境内に御鎮座の初酉稲荷神社は、人間生活に欠かすことの出来ない「衣」「食」「住」の守護神である宇迦之御魂神(ウカノミタマノカミ→伊勢神宮外宮、伏見稲荷大社祭神)を祀り、古く徳川時代初期から天神宮境内に鎮まり、氏子崇敬者に崇敬されてきた古社であります。

戦後、現在の「初酉稲荷講」「服部えびす講」の前身たる「初酉会」が結成され現在の地に社殿を建立、「初酉会」より「初酉敬神講」へと、講員の皆様の御奉賛いただき、年々歳々のおまつりが行われて参りました。

昭和52年、菅公御神退壱千七十五年祭を記念し、御社殿の造営が行われ、更に伏見稲荷大社より勧請して十二支稲荷を配し、以後「初酉敬神講」を「初酉稲荷講」と改称して今日に至りました。

中央のお社に酉をお祀りし、その他の十一支は、回りのお社にお祀りしています。
祖霊社・招魂社
この祖霊社は明治三十年大阪博物館に建てられた能舞台が昭和二年大阪天満宮に移築され更に昭和五十二年服部住吉神社に移築された時に、 同舞台の鏡の間を当宮に移築して祖霊社としたものであります。
中央に魚名公の墓を右に祖霊社を、左に招魂社をお祀りしてあります
川辺左大臣藤原魚名公の墓
摂津国豊能郡は、もと川辺郡と称し、ここにあった川辺荘は藤原魚名公の別業であったと伝えられ、ここ服部郷は川辺郡機織(はたおり)郷から服部(はっとり)と地名が生れたといわれています。川辺左大臣藤原魚名公は藤原鎌足の曽孫にして光仁、桓武両朝に幾多の要職を歴任しましたが、延暦元年事に坐し太宰府に左遷御下向の途次、摂津国川辺荘の別業において病に臥して身を動かすことあたわず「よろしく京都に帰養すべし」と恩勅がありましたが、遂にこの地にて薨ぜられ、服部郷松ヶ市にその骸を葬られました。
それより約百年後の延喜元年、菅原道真公もざん言に逢い太宰府に流される途次、足の病に悩まされましたが此の地において村人の案内によって医薬の祖神少彦名命を祀る天神祠に詣でその平癒を祈願されました。そして境内近く路傍の片隅にある五輪塔を御覧になって、これはまさしく先賢魚名公の墳墓であることを知られ、「昨日は人の身、今日は吾が身にふりかかるさだめか」と嘆ぜられ懇ろに供養を捧げられました。かくて菅公は吾が天神祠と魚名公の御神霊の加護によって足の病が全快し、無事太宰府に旅立たれたと伝えられます。菅公歿後この天神祠に菅公の霊を合祀し堂宇を建立し、吾が服部天神が全国津々浦々にまで聞こえて、足の神様としての霊験をいただく善男善女で門前市をなす様になったと申し伝えられています。
魚名公の子孫の正統は四条家で、四条流包丁道を伝え、この四条家の祖たる魚名公は、日本料理、割烹料理の祖神として料理飲食を業とする方々の崇敬を集めています。
魚名公の墓の詳しい資料は当宮文庫に保存されています。尚往年の宝塚の名スター春日野八千代さんは魚名公の子孫に当たります。
草履堂
毎日たくさんの方々がお参りにこられ、病気等が完治(治る)し御礼参りに来られる方もいます。それらの方々が奉納していただいた新しい草履をお祀りしているお堂です。
その他天神様の御加護をいただいた御礼にと奉納いただいた絵馬や額も一緒にお祀りしています。
天神丸の碑
服部天神宮は全国から脚気に患った人々が参詣し境内の旅籠に永く逗留し、全治の上帰参した。これを目当てに境内に店を出したのが森田神納堂(天神丸本舗)であったが、大層はやったと伝えられる。然し、主人が奢りたかぶって「服部天神さんは、画き絵の天神が脚気の王様となったまでで、脚気が治るのは、うちの天神丸があるからじゃ」・・と宣伝したので、神社側が怒って天神丸本舗を境外(今の服部南町三丁目阪急電車の踏み切り近く)に放逐した。それからさっぱりはやらなくなって店を閉じてしまったという。この碑は、元の本舗跡に建てられていた碑を宮司の手によって境内に移築したものである。
祭事暦
1月1日 歳旦祭
1月3日 元始祭
1月25日 初天神祭
2月3日 節分祭
2月12日 初午祭
5月3日 初酉稲荷祭
6月30日 水無月大祓式
8月24、25日 夏天神祭(24日宵宮祭)
(25日本祭・足の守護祈願大祭)
10月22日 秋祭神幸式
10月25日 例大祭(秋祭)
11月15日 七五三まいり
(11月中毎日受付)
12月31日 晦大祓式
12月31日 除夜祭
豊中えびす祭

(写真左下)大勢の応募の中から選ばれた36人の福娘
(写真右)平成9年の福娘に初めて外国人の方が選ばれました。イギリスでは新聞やラジオでも報道されて話題になりました。

足の守護祈願大祭
  • 当社では毎年8月25日午前10時より、夏天神祭に併せて全国でも珍しい「足の守護神」としての特殊神事を行っています。
  • 祭典終了後、参列者全員に宮司が特大金幣をお授けし、人形(ひとがた)にて神職が参列者のおみ足をおさすりいたします。
  • 参列者全員に「特別わらじ御守」を無料で授与いたします。
  • 当日祈祷ご希望の方は別途壱万圓にて申し受けます。
    ご参列されない方で祈祷ご希望の方は、郵送祈祷もお受けしておりますので前日までに社務所までご連絡下さい。
三天神めぐり
服部天神宮
菅公が当社の「少彦名命」を尊崇し、持病の脚気が治ったことから、「脚気天神」「足の神様」として広く信仰がある。菅公没後、各地に天神信仰が起こり当社も堂宇を建立し、合祀して天神とした。
TEL:06-6862-5022
松山神社
当地は西行法師と江口の君との故事で有名。菅公とのことはにより歿後、村民が社祠を建立し村の氏神と崇める。明治初年、境内拡張し、明治4年後松山神社と改称。
(現社殿は、昭和19年の再建)
TEL:06-6328-3875
長岡天満宮

古くは長岡京跡地でもあり、菅公が太宰府へ配所の途中に立寄られた縁により、この地に祠を建てて菅公を祀りました。現在の建物は平安神宮の御社殿を拝領移築したものです。

TEL:075-951-1025

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